文字の歴史 1 文字の歴史 2 / 漢字の成り立ち 1 漢字の成り立ち 2
エピソード1・王羲之(おうぎし) / エピソード2・三蔵法師
ひらがな、カタカナ
シュメールからは膨大な数の粘土板がでているのですが、書いてあることがなかなかきびしいのです。「楽しいこと、それは結婚、よく考えて離婚」、「浪費家の妻が家にいると悪霊よりおそろしい」、「ビールを飲むのは楽しい、嫌な事は、戦いに行く事」。う〜ん、そうだ、そうだという感じです。その頃の書記さん達は専門家とし高い役職についたらしいです。そうとうお勉強が必要だったようで、書記の学校の生徒がきびしい先生や先輩になやむ様子や、勉強嫌いの子に悩む親のことやらも書かれていてなにやらとても古代の人々を身近に感じてしまいます。いやだっただろうな、勉強・・・。BC7世紀年頃アッシリアの王アッシュールパニパルが、書記たちに国中から粘土板を集めて作った図書館があり、天文学、医学、文学作品、呪文、等、が記されているのですが、その粘土板の数、2万5000以上にも及ぶそうで、シュメール語とアッカド語でかかれています。まだまだ、たくさん発掘されてなく埋もれているようです。実際に粘土板を手にとってみたい衝動にかられる私です。文字というのは、そのものを表わす絵文字から文明の進化とともに歩み、人の本質までもほりさげて、喜びも苦しみも詩ってトきたのですね、大昔から・・・。
エジプトの文字は神聖文字(ヒエログリフ、象形文字)といわれています。神聖文字は言葉や概念を表すもので、もっとも古いものはBC3000年頃のもので、西暦400年ごろまで使われていたようです。おもに神官たちがつかったようですがその意味は秘密にされていたのです。人は秘密にされると知りたい知りたいと思うのが常ですよね。そこで、言語学者登場。フランス人のジャン・フランソア・シャンポリオンが1822年、解読に成功!おかげで私たちは当時の暮らしをしることができるのです。ありがとう、フランソアさん。神聖文字は石に刻むのには適していたのですが他の材料が使われるようになると書きやすさを求めてそこから二種類の文字が作られていきました。一つは神聖文字を簡略化したかたちの神官文字(ヒエラティック)でパピルスや木に書かれてたようです。もう一つは、民衆文字(デモティック)で神官文字よりも早くかけたので、手紙や記録するときにつかわれました。でも、民衆文字が完成したのはかなり遅くBC700年頃のようです。神官文字は神官達だけが使ったわけではなく、いろんな場合に使用されました。エジプトの神殿の壁面をおおう神聖文字の美しさにため息する私ですが、エジプト人は文字を使う場合実用性と共に美しさをいつも意識していたのです。クリエイテイブな人々ですね。
エジプトでピラミットが次々と建てられたのはBC2700年からBC2200年の間ですがそのピラミットの建築に参加してた人々の出勤簿があり、時々欠勤する時の理由が記されています。で、その理由がおもしろい。「病気」とか「自分の誕生日だから」、「息子の墓参り」、そして「二日酔」。私の生活とさして違わないですね。








