文字の歴史 1 文字の歴史 2 / 漢字の成り立ち 1 漢字の成り立ち 2
エピソード1・王羲之(おうぎし) / エピソード2・三蔵法師
ひらがな、カタカナ
私たち日本人が現代使っている文字はもちろん中国から伝わってきたのですが日本人独特のオリジナリティーでみごとに日本的に自国の文字として作り上げていったのです。
その基となった漢字の国、中国では約4,800年前、結縄文字という縄をあんで表現したものがあったといわれています。また4,500年前、蒼頡(そうけつ)が地面に残っている鳥の足跡を見て文字を作ったといわれているのが鳥跡文字(ちょうせき)です。しかしこれらは現存するものではないので伝説として扱われているようです。私はそれを知った時から、鳥の足跡をじっと見たりしてしまいました(カモでしたが)。 殷時代(約3,000年前)に使われた甲骨文字は現存する中国最古の文字で、亀の甲や獣の骨に文字を刻んで占いに使用されたようです。殷時代のものとしては金属に刻まれた文字も発見されて、金文(きんぶん)と呼ばれています。
そして周時代には石に刻まれた石鼓(せっこ)文字(石鼓文)がありましたが狩猟の事がたくさん書かれているようです(BC400年頃のものといわれています。)。 中国の長い歴史の重要な人物の一人、秦の始皇帝は天下を統一しそして文字の書体をも統一しました。その書体は小篆(しょうてん)又は秦篆(しんてん)と呼ばれています。 でも秦の時代はたった15年なんですね。李斯の書の碑の「泰山刻石」は始皇帝の頌徳碑で、現存するのは二片で10文字だけだそうです。残念ですね。
漢の時代は隷書が成立、後漢には全盛期をむかえるのです。そして章草(しょうそう)から草書へと書体はめざましく移り変わっていったのです。漢の時代には蔡倫が製紙法を改良したりと、安定した世の中の元で書道は大きく発展していきました。 隷書の隷は奴隷の隷で皇帝以外の者が使う書体でした。隷書は私の大好きな書体なのですが、そういう事だったとは・・・。








